プロフィール

はじめまして。菊池宜将です。

このブログ「視点とカタチ」をご覧いただき、ありがとうございます。

私は福岡を拠点に、カメラマンとして24年、独立して5年になります(2026年現在)。

主なフィールドは、バレエやダンス、日本舞踊などの舞台写真。そしてプロフィール写真や法人向けの撮影です。

また現在は「Az Crea」として、動画制作やドローン撮影、WEBマーケティングによる店舗の集客支援も行っています。

「写真家が、なぜマーケティングを?」

そう思われる方も多いかもしれません。その答えは、私がこれまで歩んできた道の中にあります。少し長くなりますが、お付き合いいただけると嬉しいです。


1. 料理人を目指していた18歳の転機

最初から写真家を目指していたわけではありません。むしろ、10代の頃の私はカメラに全く興味がありませんでした。

当時は飲食店で働いていました。厨房の熱気、フライパンを振る音、オーダーの声が飛び交う中で、自分が作った料理でお客さんが笑顔になる瞬間が好きで、「このまま料理の道に進もう」と本気で考えていました。

ある日、父から突然言われました。

「一緒に働いてみないか?」

父は写真や動画制作を行う会社を経営していました。正直、迷いました。カメラなんて触ったこともないし、父の会社を継ぐつもりも全くなかったからです。

でも、普段あまり仕事の話をしない父の、あまりにも真剣な眼差しに心が動きました。

「3年だけやってみよう。嫌なら料理の世界に戻ればいい」

そんな軽い気持ちで足を踏み入れた写真の世界。それが、私の人生の分岐点になりました。


2. 「失敗できない」フィルム時代の洗礼

いざ入社してみると、そこは想像を絶する世界でした。当時はまだフィルムカメラが主流の時代です。

今のデジタルカメラのように、撮ったその場でモニターを確認することはできません。ピントが合っているか、明るさは適正か、目をつぶっていないか……すべては、数日後に現像が終わるまで「闇の中」です。

フィルムには枚数制限があります。1回シャッターを切るたびに、明確なコストがかかる。失敗すれば、ただのゴミになる。

「お前に教える暇はない。見て盗め」

職人気質の現場では、手取り足取り教えてくれる先輩などいません。私は必死でした。先輩の立ち位置、光の読み方、そして現像室の独特な薬品の匂いの中で、仕上がったネガを恐る恐る確認する時のあの緊張感。

今思えば、この「撮り直しがきかないフィルム時代」に基礎を叩き込まれたことが、私の写真家としての土台になっています。

デジタル全盛の今、何千枚でもシャッターを切ることは可能です。しかし私は今でも、一回一回のシャッターにフィルム時代と同じ重みを感じています。「数打てば当たる」ではなく、「この瞬間を逃さない」という集中力。それは間違いなく、あの頃の苦い経験から生まれたものです。


3. 「舞台」という世界に魅せられて

父の会社は舞台撮影をメインにしていました。

初めて仕事としてバレエの舞台を見た時の衝撃は、今でも鮮明に覚えています。

客席の照明が落ち、静寂が訪れる。音楽とともに幕が上がり、スポットライトの中に踊り手が現れる。指先足先の繊細な動き、跳躍の高さ、身体全体を使った表現。

「美しい……」

ファインダー越しに見たその世界は、それまでの日常とは全く別の、研ぎ澄まされた芸術の空間でした。

「これを撮りたい」

料理人の時代には感じたことのない、背筋が震えるような感覚。そこから私は、舞台写真、特にバレエの世界に夢中になりました。

舞台写真は特殊なジャンルです。動きの予測、照明の変化への対応、そして何より「音楽」を理解していないと撮れません。踊り手が最も美しく見える頂点はどこか。振付家が意図した構図はどこか。

まだYouTubeもスマホもない時代、本を読み漁り、何度も舞台に通い、音楽を聴き込みました。バレエを綺麗に撮りたいという一心があったから、どんな苦労も苦にはなりませんでした。


4. 祖父母が教えてくれた「カタチ」の意味

このブログのタイトルにもなっている「視点とカタチ」。この言葉には、私の原体験が深く関わっています。

大好きだった祖父母の家に行くと、いつも壁や棚に私たちの写真が飾られていました。町の写真屋さんでプリントし、丁寧にアルバムに貼られたり、額縁に入れられたりした写真たち。

「おじいちゃん、これ僕?」
「そうたい、この時は運動会で一番やったろうが」

写真を見ながら交わされる会話。そこには、言葉以上の愛がありました。

祖父母はただ写真を飾っていたのではありません。写真を「カタチ」にして飾ることで、「お前たちのことをこんなに大切に思っているんだよ」というメッセージを、無言のうちに伝え続けてくれていたのです。

今はデータの時代です。スマホで撮って、LINEで送って、SNSにアップする。とても便利で素晴らしいことです。でもデータはどこか儚い。機種変更で消えてしまったり、数千枚の画像の中に埋もれてしまったり。

10年後、20年後、あの子が大きくなった時。大切な人がいなくなった時。手元に残るものは何だろうか。

重みのあるアルバムを開く時の匂いと手触り。部屋の片隅で家族を見守ってくれる額装写真。それこそが、時を超えて愛を伝えるタイムカプセルなのではないかと、私は思っています。

だから今の時代にあえて「カタチ」にこだわります。それは懐古主義ではなく、写真が本来持っている「愛を伝える力」を最大限に活かしたいという、私の信念です。


5. 独立、そしてどん底からの再起

ここまでは、写真家としての華やかな側面をお話ししました。しかし、私の人生は決して順風満帆ではありません。むしろ、失敗と挫折の連続でした。

正直にお話しします。

会社員時代、「このまま雇われでいたくない」という気持ちが膨らみ、独立を目指して副業としてWEBマーケティングの塾に参加したことがありました。しかし、結果は惨敗。「塾のマニュアル通りにやれば稼げる」という甘い考えが通用するほど、ビジネスの世界は甘くありませんでした。

さらに、投資やネットビジネスのサロンにも手を出し、「任せておけば稼がせてくれるだろう」という他力本願な姿勢で臨んだ結果、大きな損失を出しました。家族には多大な迷惑をかけ、離婚寸前の状態にまで追い込まれました。お金が底をつき、会社員の仕事が終わった後に運転代行や物流倉庫のアルバイトをして食いつなぐ日々。本気で人生を投げ出したくなった夜が、何度もありました。

それでも私が立ち上がれたのは、家族の存在と、「次こそは自分の力で成功する」という意地があったからです。

その後、写真の仕事で独立し、舞台撮影を軸に少しずつ売上を伸ばしていきました。しかし、ようやく軌道に乗り始めた頃にまたトラブルが起き、収入の柱だった事業も手放さざるを得なくなりました。顧客も離れ、再びお金が底をつき、またアルバイトで小銭を稼ぐという現実に逆戻りです。

二度のどん底。 普通なら心が折れます。でも、この経験があったからこそ、私は「誰かに依存すること」の恐ろしさを身をもって知りました。そして、自分の手で価値を生み出し、自分の足で立つことの大切さを、骨の髄まで叩き込まれました。


6. 写真家がマーケティングを始めた理由

どん底から這い上がる過程で、私は一つの確信を得ました。

「良い技術」や「良い商品」を持っているだけでは、食べていけない。

自分自身がそうだったからです。写真の腕には自信がありました。でも、それだけではお客様は来てくれませんでした。「知ってもらう」「信頼してもらう」「選んでもらう」ための努力を怠っていたのです。

そしてふと周りを見渡すと、同じ悩みを抱えている人がたくさんいることに気づきました。

美味しいのにお客さんが来ない飲食店。素晴らしい技術を持っているのに知られていない職人さん。一生懸命にサービスを提供しているのに、集客を大手のポータルサイトや業者に依存してしまっている店舗・会社経営者の方々。

「自分が経験した苦しみを、この人たちに味わってほしくない」

その想いが、私を写真の世界からマーケティングの世界へと動かしました。

写真や動画で「お店の本当の魅力」を切り取り、WEBの仕組みを使ってそれを必要な人に届ける。そして最後は、お客様と直接向き合って信頼関係を築いていく。

「視点」で魅力を発見し、「カタチ」にして届ける。

写真家としてカメラを構える時も、マーケターとしてお店の集客戦略を考える時も、私がやっていることの本質は変わりません。目の前の人やお店の「本当の価値」を見つけ出し、それをまだ出会えていないお客様に届けること。それが今の私の仕事です。


大切にしていること

どんな仕事でも、私が最も大切にしているのは「人と人との繋がり」です。

AIや便利なツールがどれだけ進化しても、最後にお客様の心を動かすのは「この人に任せたい」「この人と一緒に仕事がしたい」という、人間としての信頼です。

デジタルの仕組みは裏方として徹底的に活用する。でも、そこで生まれた時間は、目の前のお客様に誠実に向き合うために使う。

この考え方を、私は「H2H(Human to Human)」と呼んでいます。

難しいことではありません。お客様の名前を覚える。前回お会いした時の話を覚えている。困った時にすぐ相談できる距離にいる。こうした一つ一つの積み重ねが、長く選ばれ続ける理由になると信じています。


最後に

長くなりましたが、これが私の歩んできた道と、仕事に対する想いです。

華やかな経歴なんて、一つもありません。失敗だらけです。でも、その失敗のすべてが今の自分を作ってくれました。

舞台の上の一瞬に懸ける演奏家や舞踊家の皆様。
集客に悩みながらも、良いサービスを届けようと奮闘する経営者の皆様。
大切な家族の思い出を残したいと願うすべての皆様。

私の「視点」と経験が、皆様の人生やビジネスの「カタチ」を作るお手伝いになれたら、これ以上の喜びはありません。

今後とも、菊池宜将とAz Creaをどうぞよろしくお願いいたします。


菊池宜将(Az Crea)
1983年生まれ
福岡県出身
カメラマン・マーケター

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