プロフィール

プロフィール:視点とカタチ、そして写真家の原点。

はじめまして。 福岡を拠点に活動する写真家、そしてAz Crea(アズクレア)代表の宜将(Yoshimasa)です。

このブログ「視点とカタチ」をご覧いただき、ありがとうございます。

私は現在、写真家として活動して23年、独立して5年が経ちました(2026年現在)。 主なフィールドは、バレエや演劇などの「舞台写真」。そして、プロフィール写真や法人向け写真です。 また一方で、WebマーケティングやMEO対策(地図検索最適化)のコンサルタントとして、法人様の集客を裏側から支える仕事もしています。

「写真家がなぜ、マーケティングを?」 「なぜ、そこまで『カタチ(アルバム)』に残すことにこだわるのか?」

その理由をお伝えするために、少し長くなりますが、私のこれまでの物語と、仕事に対する「視点」についてお話しさせてください。


1. 料理人を目指していた18歳の転機

最初から写真家を目指していたわけではありません。 むしろ、10代の私は写真に全く興味がありませんでした。

当時、私は飲食店で働いていました。 厨房の熱気、フライパンを振る音、オーダーの声が飛び交う活気ある空間。自分が作った料理でお客さんが笑顔になる瞬間が好きで、「将来はこのまま料理の道に進もう」と本気で考えていました。

そんなある日、父から突然こう言われました。 「一緒に働いてみないか?」

父は、写真や動画制作を行う会社を経営していました。 いわゆる「二代目」としての誘いです。 正直、迷いました。何故なら、カメラなんて触ったこともないし、父の会社を継ぐつもりも全くなかったからです。しかし、普段はあまり仕事の話をしない父からの、あまりにも真剣な眼差し。 「父がそこまで言うなら、3年だけやってみるか。嫌なら料理の世界に戻ればいい」 当時の私は、そんな軽い気持ちで、未知なる写真の世界へ足を踏み入れました。それが、私の人生の分岐点でした。

2. 「失敗できない」フィルム時代の洗礼

いざ入社してみると、そこは想像を絶する世界でした。 当時の写真業界は、まだ「フィルムカメラ」が主流の時代です。

今のデジタルカメラのように、撮ったその場でモニターを確認することなどできません。 ピントが合っているか、明るさは適正か、目をつぶっていないか……すべては、数日後に現像が終わるまで「闇の中」です。 さらに、フィルムには枚数制限があります。1回シャッターを切るたびに、明確な「コスト」がかかる。失敗すれば、ただのゴミになる。

「お前に教える暇はない。見て盗め」 職人気質の現場では、手取り足取り教えてくれる先輩などいません。 私は必死でした。 現場の空気感、先輩の立ち位置、光の読み方。そして、現像室の独特な薬品の匂いの中で、仕上がったネガを恐る恐る確認する時の、あの胃がキリキリするような緊張感。

「どうすれば失敗しないか?」「どうすれば狙った色が焼ける(現像できる)か?」 知識ゼロ、経験ゼロの私は、生き残るために必死でカメラと向き合いました。 今思えば、この「撮り直しがきかないフィルム時代」に基礎を叩き込まれたことが、私の写真家としての「基盤」になっています。

デジタル全盛の今、何千枚でもシャッターを切ることは可能です。 しかし、私は今でも、シャッターを切るその一瞬に、フィルム時代と同じ重みを感じています。 「数打てば当たる」ではなく、「確実な瞬間」を狙う。 その集中力は、間違いなくあの頃の苦い経験と、現像を待つ間の祈るような時間から生まれたものです。

3. 「舞台」という非日常に魅せられて

父の会社は、舞台撮影をメインにしていました。 私が初めて仕事として「バレエ」の舞台を見た時の衝撃は、今でも鮮明に覚えています。

客席の照明が落ち、静寂が訪れる。 音楽とともに幕が上がり、スポットライトの中に踊り手が現れる。 指先足先の動き一つ、跳躍の高さ、そして身体全体を使って表現する姿。 「美しい……」 ファインダー越しに見たその世界は、私がそれまで知っていた日常とは全く別の、研ぎ澄まされた芸術の世界でした。

「これを撮りたい」 料理人時代には感じたことのない、背筋が震えるような感覚。 そこから私は、舞台写真、特にバレエの虜になりました。

舞台写真は、特殊なジャンルです。 動きの予測、照明の変化への対応、そして何より「音楽」を理解していないと撮れません。 踊り手が最も美しく見える「頂点」はどこか。 振付家が意図した「構図」はどこか。 それを知るために、私は猛勉強しました。まだYouTubeもスマホもない時代、本を読み漁り、何度も舞台に通い、音楽を聴き込みました。

「好きこそものの上手なれ」とはよく言ったもので、あれほど苦労した技術の習得も、バレエを綺麗に撮りたいという一心があれば、苦にはなりませんでした。 今、私が舞台写真家として、「踊り手の呼吸」に合わせてシャッターを切ることができるのは、この時の熱狂があったからです。

4. 祖父母が教えてくれた「カタチ」の意味

私のブログタイトルにもなっている「視点とカタチ」。 そして以前掲げていた「写真はカタチに残すことに意味がある」という言葉。 これには、私の原体験が深く関わっています。

私には、大好きだった祖父母がいました。 祖父母の家に行くと、いつも壁や棚に、私たち兄弟や従兄弟の写真が飾られていました。 町の写真屋さんでプリントし、丁寧にアルバムに貼られたり、立派な額縁に入れられたりした写真たち。

幼い頃の私は、それを見るのが何よりの楽しみでした。 「おじいちゃん、これ僕?」 「そうたい、この時は運動会で一番やったろうが」 写真を見ながら交わされる会話。そこには、言葉以上の「愛」がありました。 祖父母は、ただ写真を飾っていたのではありません。写真をカタチにして飾ることで、「お前たちのことをこんなに愛しているんだよ」というメッセージを、無言のうちに伝え続けてくれていたのです。

時代は変わり、今は「データ」の時代になりました。 スマホで撮って、LINEで送って、SNSにアップする。とても便利で素晴らしいことです。 しかし、データはどこか儚い。 機種変更で消えてしまったり、数千枚の画像の中に埋もれてしまったり。

「データで納品して終わり」 それは、プロとして効率的かもしれません。 でも、私は思うのです。 10年後、20年後、その子が大きくなった時に、あるいは大切な人がいなくなった時に、手元に残るものは何だろうか、と。

重みのあるアルバムを開く時の、あの匂いと手触り。 部屋の片隅で、毎日家族を見守ってくれる額装写真。 それこそが、時を超えて愛を伝える「タイムカプセル」なのではないでしょうか。

だから私は、今の時代にあえて「カタチ(プリント・アルバム)」にこだわります。 それは懐古主義ではなく、写真が本来持っている「愛を伝える機能」を最大限に発揮させたいという、私の信念なのです。

5. 「日本一」の定義と、これからの視点

若い頃、私は漠然と「日本一のカメラマンになりたい」と思っていました。 コンテストで賞を獲ることや、有名になることが日本一だと思っていた時期もあります。

しかし、20年以上この仕事を続け、独立し、多くのお客様と関わる中で、その定義は変わりました。

今の私にとっての「日本一」とは、 「目の前にいるあなた(被写体)にとって、世界で一番最高の写真を残すこと」 これに尽きます。

バレエの発表会であれば、その子が必死に練習してきた成果を、最高の瞬間で切り取ること。 家族写真であれば、その家族独自の空気感を、未来まで残せるように閉じ込めること。 もし、お客様が写真を見て涙を流して喜んでくれたなら、その瞬間、私はその人にとっての「世界一のカメラマン」になれたと言えるのではないでしょうか。 それ以上の名誉や肩書きは、私には必要ありません。

そして現在、私は写真撮影だけでなく、「Az Crea」としてWebマーケティングの支援も行っています。 一見、写真とは無関係に見えるかもしれません。 しかし、素晴らしい技術を持っているのに知られていない教室、美味しいのに集客できない飲食店……そうした「価値あるもの」を、Webの力(視点)で多くの人に届ける仕事は、 「一瞬の美しさを切り取って、カタチにして伝える」 という写真の仕事と、根底で繋がっています。

「視点」で魅力を発見し、「カタチ」にして届ける。

それが、写真家・宜将の、そしてAz Creaのミッションです。

最後に

長くなりましたが、これが私の歩んできた道と、仕事に対する想いです。

このブログでは、そんな私の頭の中にある「写真論」や「Web戦略」、そして趣味のアガベ育成を通じて感じる「育てる喜び」などを、ありのままに綴っていきます。

舞台の上の一瞬に懸けるダンサーの皆様。 集客に悩みながらも、良いサービスを提供しようと奮闘する経営者の皆様。 そして、大切な家族の思い出を残したいと願うすべての皆様。

私の「視点」と技術が、皆様の人生の「カタチ」を残すお手伝いになれば、これ以上の喜びはありません。

今後とも、宜将とAz Creaをどうぞよろしくお願いいたします。


宜将
1983年生まれ
福岡県出身
舞台写真家 / Az Crea 代表