こんにちは、宜将です。
突然ですが、皆さんのスマートフォンの「カメラロール(写真フォルダ)」には、今何枚の写真が入っていますか? 1,000枚?それとも10,000枚以上という方もいらっしゃるかもしれませんね。
今は、誰もがカメラをポケットに入れて持ち歩く時代。 子供の笑顔、美味しかったランチ、旅行先の風景など、毎日たくさんの写真を撮っていると思います。 でも……その写真たち、あとから見返すことってどれくらいありますか?
「いつか整理しよう」と思いながら、どんどん新しい写真が増える度にデータ数が増えていく。 そして、機種変更の時にデータごと消えてしまったり、パスワードが分からなくなって見られなくなったり……。
便利な時代になったからこそ、写真が「ただのデータ」として消費されてしまっているような気がして、少し寂しく感じる瞬間があります。
私が、舞台撮影や家族写真の撮影で、データだけでなく「プリント」や「アルバム」といった手に触れられる『カタチ』に残すことに強くこだわっているのには、ある理由があるんです。
家中に飾られていた、あの頃の写真たち
少しだけ、私の個人的な思い出話をさせてください。
私には、大好きだったおじいちゃんとおばあちゃんがいました。 祖父母の家に遊びに行くと、いつも部屋の壁や棚に、私たち兄弟や従兄弟の写真がたくさん飾られていました。
町の写真屋さんでプリントして、丁寧に額縁に入れられた写真。 分厚くて重たい、昔ながらのフィルムアルバム。
幼い頃の私は、おばあちゃんの家に行くたびにその写真を見るのが大好きでした。 「じいちゃん、これ僕?」 「そうたい、こん時は運動会で一番やったろうが」 そんな会話を交わしながら、私は子ども心に「あぁ、自分はこんなに大切にされているんだな」と、じんわりとした温かさを感じていました。
おじいちゃんとおばあちゃんは、ただ写真を飾っていただけではありません。 写真をカタチにして飾ることで、「お前たちのことを愛しているよ」というメッセージを、無言のうちにずっと伝え続けてくれていたのだと、大人になった今なら分かります。
アルバムを開く「時間」そのものが宝物になる
もちろん、今の時代、データを否定するつもりは全くありません。 SNSですぐに共有できたり、遠く離れたおじいちゃんおばあちゃんや大切な人たちへLINEで送れたりするのは、本当に素晴らしいことです。(私も仕事ではデータ納品をしていますしね!)
でも、データはあくまで「情報」です。 愛情を伝えるための「メッセージツール」として使うなら、やっぱり『カタチ』には敵わないと思うのです。
リビングの片隅に飾られた写真と、毎日目が合うこと。 家族でソファに座って、少し重たいアルバムのページをめくりながら、「この時、こんなこと言って笑ったよね」と思い出話をすること。
そこには、スマホの画面をスワイプするだけでは得られない、特別な時間と手触りがあります。
私が撮るバレエの発表会も同じです。 スマホの中にデータでポツンとあるよりも、立派なパネルやフォトブックになって手元にある方が、その子が努力して輝いた「証(あかし)」として、何倍も力強く残ります。
まずは「お気に入りの1枚」から
このブログのタイトル「視点とカタチ」。 これには、「私の視点(カメラ)で切り取った一瞬の熱量を、手に触れられる『カタチ』にして残したい」という想いが込められています。
騙されたと思って、皆さんもぜひ一度、スマホの中で眠っている「一番お気に入りの写真」を1枚だけプリントしてみてください。 そして、数百円で買えるものでいいので、お気に入りの写真立てに入れて、部屋に飾ってみてください。
きっと、お部屋の空気が少しだけ温かくなって、目に入るたびに優しい気持ちになれるはずですよ。
もし、「大切な記念日だから、とびきり綺麗なカタチに残したい」と思ったら、その時はぜひ私に声をかけてくださいね。 未来のあなたと、あなたの大切な人への「ラブレター」を作るお手伝いをさせていただきます。
それでは、また。
宜将(Yoshimasa)
